「1年間日本一周、作品制作の旅」004 実家の意見
実家への報告かぁ。
まあ、とくさんの実家についてはバレるまで黙っていればいいとして、加藤さんの実家については、ちゃんとしておかなくてはいけない
。
事前に「大事なお話があります」と一言だけメッセージで伝え、ご両親の待つ加藤さんの実家へ。
ちょうど、姪っ子姉妹が来ているということなので、駅ビルで神戸ブランドのプリンを人数分買っていく。
到着した実家では、コロナで休校の姪っ子たちが、ひたすらお勉強。 この状況下なので、実習以外のすべての科目は、自分で学ばねばならないらしい。
化学、物理、応用数学、あと、なんか聞いたことないようなのがたくさん。
いずれにしても、とくさんの通る今後の道に立ちはだかるものではなさそうである。
あいさつと簡単な雑談ののち、軽く二人で目配せをして、お父さんの前で姿勢を正す。
「実はですね、コロナもありまして、仕事を辞めて、1年間日本一周して、家を買おうかと思います」
「・・・」
「あの、コロナの影響もありまして、仕事を辞めて、1年間日本を一周して、家でも買おうかと思います」
「うん、それは、いいんじゃないの」
「え?」
いやいやいやいや、ちょっと待っていただけますか?
今の、本当に伝わりましたか?
どこの馬の骨もかわからないこの男は、私はこれから、あなたの大切な娘さんを路頭に迷わせるという宣言をしているのですよ。
だめです、そんなの良いわけがないんです!
今すぐ、その男を叱りつけて、右手の中のテレビのリモコンの角がここに当たるように投げつけてください! と心の声が叫ぶ。
待て、一旦待て。落ち着け、落ち着くんだ、自分。
今更、とくさんがどこの馬の骨かも分からないということはないはずだ。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
そう、これは伝わっていないだけなのだ。
もう自分で言っちゃうが、そもそも、とくさんの言っていることなど、伝わるわけがないのだ。 だって、自分でも何言ってんだか分からないんだから。
もし、自分がお父さんだったら、口をあんぐりさせ、最低限度の返事もできないだろう。
にもかかわらず、「うん、いいんじゃないの」という返事が返ってきた。
ということは、何か裏があるはずだ。
いや、違う。待て、待てよ、自分。
もしかして、ワード間の関連性があまりにないため、文章が脳内で分割解釈され、「仕事を辞めて」はマイナスイメージ、「日本を一周して」はプラスイメージ、「家でも買おうかと」はプラスイメージ。合計ではプラスイメージが1、「この勝負、接戦だったけれどプラスの勝利。はい、おめでとう」なのだうか。
そわそわするとくさんを他所に、お父さんは、笑っている。
だめだ、もう一度、落ち着いて分析せねば。
「仕事を辞める」「1年間日本一周する」「家を買う」の3つの状況はどうやっても、相性が悪い。
普通は、あまり仲間になれそうもない3つだ。
一旦、2つずつにしてしてみる。
「仕事を辞めて、1年間日本一周することにした」
うん、無くはない。
これは、意外とありそうだ。
ただし、それが許されるのは「20代独身、これから自分探してきます。どうぞよろしく!」なやつだけだ。
ただ、そういうやつは、日本一周ではなくて東南アジアかインドを放浪し、いろいろあってひと月で帰国するはずだ。
「仕事を辞めて、家を買うことにした」
うん、無くはない。 宝くじを当てたのか、そうでなければ、多分、会ったこともない遠い親戚の莫大な遺産が入ったかのどちらかだ。
恐らく後者で、突然現れた弁護士から「こういうものです」と名刺を差し出され「●△法律事務所?×〇弁護士・・・さん?」から、そのドラマは始まるに違いない。
だが、始まって間もなく、彼は何者かに毒殺されてしまうはずだ。
そもそも、このドラマの本筋は、開演30分後に登場する探偵による犯人捜しだ。 じゃあ、これはどうだ。
「1年間日本を一周して、家を買うことにした」
う~ん、何だか分かりづらい。 シチュエーションは読みづらいが、頑張れば、全国を巡って二人の理想の家を探しているのかなと読めないこともない。
どの組み合わせでも、ワード二つまでなら、何とか、大丈夫だ。
ただ、どれも完全に間違っているのだが、少なくとも想像ぐらいはできる。 よし、ここまでは整理できた。
それを踏まえて、三つならどうだ。 「私、仕事を辞めて、一年間日本一周して、家を買おうかと思います」 ・・・だめだ。
やはり、何だか分からない。
でも、お父さんは、これを理解したというのだ。
しばらくして、お母さんもお父さんの隣に座ってくれたので、改めて同じ話をする。
「あの、今、お父さんにはお話したんですが、コロナもありまして、仕事を辞めて、二人で一年間日本を一周して、家を買おうかと思います」
「あら、いいじゃない。旅先でいいところが見つかるかも知れないわね」
「・・・」
一つ返事だ。
もう、お父さん以上だ。
「せっかくだから、やりたいこと、やらなきゃね」
す、すごい。
もう、すべてを理解し切っている。
何だろう、また、教えられてしまった。
二人の好きなようにして、日本中、どこでも好きなところに住めばいいと言っているのだ。 自分たちが悪いことをしようとしているんじゃないかと、少しだけ後ろめたい気持ちもあったのだけれど、しっかりと自分の責任を果たしてきた人生のベテラン二人が言うのだから間違いない。
「あのね、加藤さん、これ、正しいんだって」
「うん、正しいと思うよ」
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