「1年間日本一周、作品制作の旅」037 ステージ02秋田岩手その8
昨日の到着よりも少し遅くなったのだけれど、まだ明るいうちには、旅館に戻ることができた。
駐車場の車は、昨日に比べると幾分、数が多く、少し客が増えたことを感じさせた。
カウンターで鍵をもらい、2階の自分たちの部屋に入る。
そうそう、部屋の鍵では、一つエピソードがあったのだった。
この旅館の部屋の鍵は、よくあるのタイプの部屋番号や部屋の名前を彫った透明プラスティックの棒とチェーンでつながれている。
で、部屋のカギを開錠するには、棒ではなく、鍵の方を鍵穴に差し込んで回す。
説明するまでもない、ごく普通のタイプ。
一方で施錠する場合は、ドアノブのボタンを押して、そのまま閉める。
テーブルの上に鍵を置いたままでインロックをしやすい、そして、二人のどちらが不注意だったのかでケンカもを発生させ、旅行自体を台無しにしかねない、ちょっと危険なタイプ。
危険だけれど、使い方は、本来、使うには一番簡単。
そう、操作自体は、本来は一番簡単な鍵であるはずなのだが、このドアの場合はなかなか難しい。
このドアの場合、普通の動作で静かにドアを施錠することができない。
ここで問題なのは、「静か」に施錠できるかかどうかという点。
もう一度言う、普通にやったのでは、静かにドアを閉めることはできない。
何故ならば、ドアも、枠も適当に歪んでいるから。
そう、そのため、ドアを閉じるには、勢いよく閉じるか、もしくは、軽くドアを持ち上げながら、すんごい丁寧に親指でドアの縁を指圧するかのように、ゆっくりと体重をかけていくかどちらか。
そして、このドア、ただ歪んでいるだけでなく、真ん中には明り取りのすりガラスが埋められている。
このタイプのドアは、閉めた時に「どすっ」というような重低音の振動は来ない代わりに、バタン、ガシャンとけたたましい音がする。
そのタイプのドアが、普通の動作では、到底、閉まらない状態だというのだ。
さあ、何か起きそうな気がする。
とくさんたちが部屋に戻ってしばらくすると、すでにチェックインをし、湯舟を堪能してきたご老人のグループが、大騒ぎで階段を上ってきた。
すんごく訛っているので、地元の人たちなのだろう。
ドアを開ける、そして、閉める。
「ブワタ~ン!ギュアッシャ~ン!!」
そして、部屋に入ると、「ぎゅあはははははは」と、盛り上がっている。
もし、トイレを含む「水回り」が部屋の中に完備されているのならば、少なからずは人の出入りが減るのだけれど、ここは、トイレは部屋の外だし、水道も外、何をするにも部屋の外に出ることになる。
そんな場所に、3人も入っているのである。
つまり、その度に「ブワタ~ン!ギュアッシャ~ン!!」となるのだから、もう大変。
おまけに、とくさんたちの部屋のドアの前には、冷水セットが置かれているため、とにかく、みんながここに集まる。
『ああ、今日も眠れないのだな』
「ブワタ~ン!ギュアッシャ~ン!!」「ぎゅあはははははは」
昨日は雨音が大きくて眠れなかったのだけれど、今は、「もう旅館ごと流されちゃってもいいから、目いっぱいの土砂降りで、大きな音を立ててくれ」と、神様に祈る。
結論から言うと、この夜も、やはりほとんど眠れなかった。
ただ、その理由は、隣がうるさかったからではなく、あまりに静かだったからだ。
その夜、ある瞬間から、物音や話し声がまったくしなくなった。
いや、それどころか、階下に降りる彼らのドアを閉める音と話し声を最後に、人の気配さえ感じなくなった。
そして、トイレに行こうと廊下に出てみると、その部屋のドアノブには、何故か、鍵が刺さったまま。
最初は抜き忘れたのかと思っていたのだけれど、その鍵は、一晩中そのまま。
結局、朝になっても鍵はそのままで、人の気配も無いままだった。
翌朝、スタッフが慌てていた様子も、消防が出動したという話もないし、一体、あれは何だったんだろうか。
そして、とくさんは今日も寝不足になった。
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